水久保公園北路傍 板橋区常盤台3-14 東武東上線の北、ときわ台駅と上板橋駅のちょうど中間あたり、バス通り沿いに水久保公園がある。公園の北側の住宅街の路地に小堂が立っていた。 馬頭観音立像 嘉永5(1852)堂の中が暗く、なかなかピントが合わない。 右側面に年号。石の材質のためだろうか、年数の割に風化が進んでいる。左側面は隙間が狭く写真は撮れなかったが、願主として個人名が刻まれていた。 板橋富士見郵便局向路傍 板橋区富士見町34
ときわ台駅の北東の方向、住宅街の中にある板橋富士見郵便局の斜め向かいの住宅の前に庚申塔が立っていた。 庚申塔 元禄9(1696)日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。光背右に「奉供養庚申二世安樂」左脇に造立年月日。こちらは年代から考えるとかなりきれいな状態で、文字もはっきりしている。 足の両脇にはっきりとした二鶏。足下にかわいらしい三猿が彫られていた。邪鬼が見あたらないが、元禄期あたりまでは庚申塔にとって邪鬼が絶対の要素というわけでもないようだ。この古い庚申塔が個人の管理で保たれているというのはある意味すごいことだと思う。 清水稲荷神社 板橋区宮本町54 中山道の清水町交差点から西へ、細い商店街の道を歩いてゆくと右手に稲荷神社があった。参道の左側、大きなケヤキの木の後ろに石祠と二基の庚申塔が並んでいる。 中央 庚申塔 元禄13(1700)日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。唐破風笠付の大型の庚申塔だ。こちらも邪鬼は見当たらず、塔の下部には揃って正面向きの三猿だけが彫られていた。 塔の左側面上部に 左 祢里満道。続いて造立年月日。さらに武州豊嶋郡前野村講中 建立之。下部には6名の名前が刻まれている。 右側面上部 右 大日みち。こちらの下部にも5名の名前が刻まれていた。 右 庚申塔 寛政6(1794)日月雲 青面金剛立像 剣・ショケラ持ち六臂。塔の正面上部あたりに白カビが目立つ。 足の両脇に立派な二鶏。邪鬼は両手で頬杖をついてリラックスしている。その下に彫られた三猿もそれぞれに頭を抱えているように見えて面白い。 塔の左側面上部に造立年月日。その下には6名の名前が刻まれていた。 こちらは右側面。願主とあり、やはり6名の名前。右下の狭い部分に谷中の石工の名前が刻まれている。